好きか嫌いかで言うと、好き。大人になってからそんなものが増えました。
好き嫌いか問われなくても
昔はもっと、好き嫌いが分かりやすかったように思います。
ピーマンが嫌い、トマトが嫌い、ナスが嫌い。運動神経がないから体育が嫌いで、緊張するから人前で話すのも嫌い。
反対に、図書室貸出数ベスト3に入るほど読書が好き。テディベアを何体も作るほど裁縫が好き。CLAMPの漫画はほとんど持っていて、スキマスイッチはシングルCD発売の度にチェック。
好きも嫌いも振れ幅が大きく、はっきりしていました。
「嫌い」じゃなくなったもの
食べ物の好き嫌いを克服するように、大人になってから"嫌い"が曖昧になったものは多いです。
例えば、昔嫌いだったピーマンの入った青椒肉絲は好物になりました。でも、ピーマンの肉詰めや酢豚に入った大きめのピーマンは未だに苦手。好きと嫌いの混じった、どちらかと言えば"好き"寄りの感情です。
トマトだってくし切りは苦手ですが輪切りは好き、焼きナスは苦手ですがそれ以外のナス料理は好き。
相変わらず運動神経は切れていますかジムに通うのは楽しかったですし、喋るのは下手ですが人前で話すことにも慣れました。
そういった「昔は嫌いだったけど、今は好きか嫌いかで言うと好き」なことが多いのです。
「すごく好き」 じゃなくなったもの
しかし、それと同時に「昔はすごく好きだったけど、いまはそれほどじゃない」ことも多いです。
昔は本を何十冊と読んだのに、最近はネット上の文ばかり読んでいて、今年読んだ紙の本は何冊やら…。いまなお趣味と言える裁縫も、最近はマスクをちょこっと作ったり、ズボンのウエストを詰めるのみ。漫画も音楽も、なんとなーく好きなものをなんとなーく読んだり聞いたりするくらいで"いまこれにハマってます!"なんてものはありません。
好きも嫌いも振れ幅が小さく、曖昧になってきました。
好きか嫌いかで言うと、好き
好きも嫌いも薄くなって、平坦に生きていく。これが大人になるってことでしょうか。少なくとも創作の世界で描かれる「つまらない大人」はこんな感じかもしれません。
でも、これはこれでアリなんじゃないかと思っています。
もともと人生に大きな変化は求めていないタイプです。ドラマみたいな波乱万丈さとは無縁のまま、穏やかに暮らしていきたい。
そんな私にとって、嫌いなものが少なくなって、好きなものを追いすぎて身を持ち崩すこともなく、毎日まぁまぁ楽しいならそれもありかな、と。
それこそ、こんな生き方も「好きか嫌いかで言うと、好き」なわけです。
おわりに:冬を好きになれたら
さて、昔は「大嫌い」でしたが、今は「好きか嫌いかで言うと、嫌い」になってきたものがあります。それはこれからの季節「冬」。
とても寒がり、かつ、太陽を浴びると生きてる!と思うタイプなので、冬はつらいんですよね。せめてもうちょっと日が長ければ…。
しかし最近は「山歩きから防寒に優れた服を見つけた」「職場やお店は暖房の効いている冬の方が暖かい」「冬こそカフェの季節限定メニューがおいしい」…等々、「冬も悪くないかも」と思えてきました。
冬のことも「好きか嫌いかで言うと、好き」と言えるよう、これから冬を楽しんで行きたいと思います。